2006年6月のアーカイブ

新車の消費者満足度リポート

6月 29, 2006

June 29th, 2006
アメリがで何から何まで消費者対象のアンケート調査を行うJ.D Power Associatが発表した、新車がディーラーからオーナーの手に渡ってから3ヶ月間の満足度調査結果。

Sub-compact Car: Suzuki Aerio

Compact Car: Mini Cooper

Compact Sporty Car: Scion tC 

Compact Premium Sporty Cay: Porsche Cayman

Entry Premium Car: Lexus IS 250/IS350

Midsize Premium Car: Infinity M-Series (日産フーガ)

Premium Sporty Car: Mercedes-Benz SL-Class

Midsize Sporty Car: Ford Mustang

Midsize Car: Ford Fusion

Large Car: Hyndai Azera

どんな内容のアンケートか不明なため勝手に判断することができないが、なんとも不可思議な結果である。

LAの天気

6月 28, 2006

June 28th, 2006
カラッと乾いているのがLAの天気の典型なんだけど、ここ数日は湿度が高い。
雲が出て日が陰ると涼しくなるのが普通なのに、蒸し暑い。
とは言うものの、じっとしていても汗が出てくる日本の夏ほどではないのは有り難い。
日没の頃になると、涼しい風が吹き始める。
夏の間は、デイライトセイビングタイム(サマータイム)で一時間早くなっているから、日が沈むのが午後8時を過ぎている。
オフィスを5時にサッと出て、それから日のある内にアウトドアのアクティビティーを楽しむのが、このデイライトセイビングタイムの目的なんだろうが、なかなかその恩恵には与れないのが残念。
今日も朝から強い日差しが照りつけている。

東京で思ったこと

6月 22, 2006

毎年何度も東京に行っているが、今回ほど東京が超近代都市に生まれ変わってしまったことを強く感じた事はなかった。なぜなんだろう。単に今回はいつもより滞在が長かったり地下鉄に乗りまくったりしたからだろうか?

都心を見渡すと、銀色に輝く高層ビルがあちらこちらにそびえ立っていて、”ヒルズ”や”プレイス”なる物を形成して、そこに族まで生息していると言うから、なんだかやっかいだ。
新しくオープンした場所をマスコミが騒ぎ立て、連休などは異常なほど人が押し寄せる。そして、一時期、極々短い間だけ脚光を浴びた場所は、アッと言う間に飽きられて陳腐化しまう。
平日の夜に恵比寿のガーデンプレイスに行ったら、オープンして数年しか経っていないのに閑古鳥が鳴いていた。
六本木ヒルズにある友人の会社も、近々オープンする最先端のビルに引っ越しが決まっていて、その理由は、もうここはイメージが悪いからだそうだ。
2年程でこれじゃあ、先はいったいどうなってしまうのだろう?
みんな何処で折り合いを付けようと言うのだろうか?

その反面、いつまで経っても猥雑さを拭えない渋谷センター街のような繁華街は、飽きられることもなく、何処から沸いてきたんだろうと思うほどの人達で賑わっていた。もちろんほとんどが若者で、土曜日の夕方に迷い込んだら、人酔いしてしまうほどだった。

東京の地下に張り巡らせられた地下鉄網はまるで蜘蛛の巣の様で、A駅からB駅まで行くに何通りもの経路を選択できるほどである。
何線を選び、何処で乗り換えるか、一番効率的な経路は?それを、乗換駅、発着時間、料金まで携帯電話機を何回かクリックするだけで教えてくれる。こんな都市は世界広しと言えど、東京しかない。そして、東京は地下鉄だけでなく、鉄道、バス、新交通システムも充実しているからもう無敵だ。プリペイドカードで一々切符を買わないくて良いのも大変便利だし、タクシーが必要になったら、手を上げればすぐに止まってくれる。

LAに戻ってきたら、ガソリンが1ガロン3ドルを優に超えていた。誰もがこの状況に不満を持っているが、この町は車に乗らないと何処にも行けない。
移動だけのために、自分の体重の20倍以上もの鉄の固まりをガソリンを焚いて動かさなければならないのである。自分の体を自分で動かして公共の交通機関を利用する東京のやり方に比べると、とんでも無いほど不効率だ。いくらアメリカだと言ってもガソリンがこれほど高くなってしまったら、こんなやり方が続かなくなる日が一歩一歩近づいてきていることを、ひしひしと感じる。それでも、今日も車に乗って出かけなければならない。

僕が30年前に初めてアメリカに来た時には、見るもの聞くもの全てに驚き、感動したものだった。今、東京の少年をアメリカに連れてきたって、何にも驚きはしないだろう。確かに道と空は広いかも知れないが、道は補修の後だらけだし、空はスモッグで霞んでいる。
町で見かける様々なブランドは、殆ど日本に揃っているから、物珍しさもない。
30年前、どうして7なのにElevenって書いてあるのだろう?と、セブンイレブンの看板の下で頭を捻った自分が愛おしい。

その反対に、アメリカの少年を東京に連れて行ったら、驚きの連続であることは間違いない。
高層ビルの谷間を走り抜ける高速道路、ゴミ一つ落ちていない地下鉄、整然と行き交う人々、みんな小綺麗だ。電車の中で携帯電話でメールを打ち続ける人々や全く人目を気にせず化粧を続ける女性達。まるでアニメの世界に迷い込んでしまったと感じるのでは?
これらの体験が単なる驚きだけで終わってしまうのか、感動に変わるのか、それは個人の感性の問題だろうが、ここへ来て東京特有の文化が出来始めていることは確かだ。

東京に限らず近頃の日本は、21世紀の江戸時代を形成し始めているのではないだろうか?
開かれた鎖国の中で、外来の物を現地化するローカライズという手法を取りながら、異文化と相容れない固有の文化がそこに育ち始めていることを強く感じる。
良きに付け悪しきに付け、ここだけで通じるローカル ルールが形成されているのだ。このムーブメントを品位を失わせずに実行し続けて行けたら、日本の国家的価値を高めることが出来るであろう。

いずれにせよ、そのローカライズに妙はすばらしい。これは、マーケットに呼応した結果であるに違いない。
例えば、デニーズのメニューひとつとっても、日本とアメリカで共通なのは、おかわり自由なコーヒーぐらいしか残っていないのでは?
Yahooだって、しっかり現地化している。
このローカライズを拒んだり怠ったりした企業やサービスは、マーケットに受け入れられず、撤退の憂き目をみている。

日本の地理的条件や外人居住者が少ないことを考えたら、この開かれた鎖国を続けられるだけ、何処までも胸を張ってやり通すべきだと思う。
江戸時代は約260年間続いた訳で、今現在、開国から約150年、第二次世界大戦が終わってからはまだ約60年なのであるから。

梅雨空の東京から青空が広がるカリフォルニアに戻って、こんな事を考えた。

6月 22, 2006

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テスト2

6月 17, 2006

二度目のテストです。Nissan-AG1.jpg